ある均衡のとれた世界への回帰

数か月前、おひがしさん門前未来プロジェクトを周知・支援するために造られたご地愛シリーズの「陽が知る」について少し共有しました。

このプロジェクトは、京都駅の北に位置する東本願寺前エリアの再開発に焦点を当て、かつて舗装道路だった場所を市民のためのコミュニティスペース「市民緑地」として整備し、生まれ変わらせるというものでした。完成した現在は、地元の人や観光客で賑わい、人々の憩いの場として大いに活用されています。

今日は、このプロジェクトビール「陽が知る」から生み出されたものがその後、どこに寄付され、どのようなことに使われたのかを皆さんにお伝えしたいと思います。

プロジェクトへの参加で最初に声をかけてもらった時は、1回の仕込み分のビールをこの市民緑地のお披露目イベントに合わせて用意できないかというお話でした。ビール醸造を通して地元京都に還元することを目的にしている私たちのご地愛シリーズとしてもこれ以上ないお誘いにぜひ!と参加を決め、ビールのイメージから内容、ネーミングに至るまでプロジェクトメンバーと連携を取りながら進めていきました。出来上がったセゾン「陽が知る」は、市民緑地のお披露目イベントや京都市内で行われた催し事などでもふるまわれました。そして、このビールの売上はすべて、市民緑地がこれからも地域の人々が集い、行き交う魅力的な場所(ハブ)として運営されていくための資金の一部として本プロジェクトに寄付されることになりました。また、9月初旬にこの市民緑地で催される夏のイベントに参加することも決まっていますので、楽しみにしていてください。

実は、まだ続きがあります。

当初このプロジェクトのお披露目イベントに向けて1回分の仕込み量で造る、ということでしたが、やはり私たちのお客様にも提供したいという思いで、倍の量で仕込みを行うことにしました。そして、この追加分のセゾンは国内で広く販売され、瞬く間に完売することができました。もちろんこの分の利益もまた、私たちのご地愛シリーズのコンセプト通り、地元京都の異なる場所・組織へ寄付することにしていました。

 

コラボレーション、特に地元のプロジェクトに参加することには、多くの利点と価値があります。おそらく、それを通じて得られるつながりや、自分の住んでいる地域や周囲について知らなかったことを学ぶ機会ほど重要なものはないと思います。先の門前未来プロジェクトの一環として、東本願寺前の市民緑地の植栽と再整備を手掛ける渉成園の庭師さんを紹介していただきました。京都駅から徒歩 10 分ほどの場所にある渉成園は、1641 年の創建以来、東本願寺が所有する美しい回遊式の庭園です。見学に訪れた際に私たちが興味を惹かれたのは、この庭園がその歴史の中でさまざまな段階を経て今があるということでした。生物の多様性、そしてそれに対するより深い科学的な理解は、今ある状態を知るにおいてとても大きな役割を果たしています。多くの伝統的な庭園と同様に、渉成園でも以前は樹木や植物を害する可能性のある虫から守るために殺虫剤が使用されていたと庭師さんは言います。しかし、庭園により自然を切り取ったようなバランスのよい環境を作るために、幅広い種類の植物を取り入れることを決め、そこからは農薬の使用もやめたそうです。そのことにより当然、虫の数も増え、最初の数年は多少の被害はあったそうですが、時間が経つにつれて、虫を食べる鳥が訪れ、生息する生き物が増え、庭園の自然のバランスが回復したそうです。

 

庭園を出て、さらに歩いていくと、京都を囲む山の一辺に当たり、この街がたくさんの自然に囲まれていることを実感します。その山の中にある雑木林ではツツジやアセビがたくさんみることができ、延暦寺で有名な比叡山の山頂にもたくさん群生しています。毎年5月になると京都一周トレイルの一部分ではツツジが咲き乱れ、息をのむような美しい風景に出会うことができるのですが、その辺りの植生の実情を聞くと、また異なった事情が伺い知れました。庭師の一人である太田さん曰く「実は、、、他の植物が育たないという理由から、山は有毒のアセビ等シカにとって食べにくい植物で覆われているのが現状です」と彼は少し思い悩んだような難しい表情で説明してくれました。戦後の高度経済成長期に政府が拡大造林で国の大部分をスギ、ヒノキで覆うという政策をとったことで、この国が毎年春になると多くの人が花粉症で悩まされるという産物だけでなく、多くの植物が光を遮られ、成長できなくなる事態を招いたと説明してくれました。かつての山ではより多くの植物の多様性が見られましたが、その消滅により、生育できる植物の種類がさらに減少し、なんとか生き残った個体も、結局食べ物を見つけようと必死に努力するシカに食べられてしまうというのが現状だそうです。最終的に生物にとって毒性のあるアセビの様な植物が生き残り、私たちはどこかしこでそれらが群生しているのを目にするようになったのです。

 

そこから、彼はさっきまでとは違う明るい声のトーンで自身がかかわっている自然保護プロジェクトについて話し始めました。それは、シイの木を中心とした常緑照葉樹林化してしまった東山のシイ択伐し、落葉樹を中心とした苗木を植え、地面に光が落ちるようにすることで、バランスの良い自然の植生を蘇らせるというプロジェクトだそうで、実際に、京都の東山をハイキングしているときにそうした取り組みを随所に感じることができました。森に生物の多様性を回復させることを目的としたこのプロジェクトの実施団体は、京都市内の個人や団体・企業等から寄付を受けながら運営されているそうで、彼も庭師としての知識や経験を惜しみなく提供する形で、これまで熱心に取り組まれてきたそうです。プロジェクトが実施されているのは、まだ小さな地域だけですが、これは京都の自然を守る活動としては素晴らしい一歩であると私たちは感じました。

 

日本の風景がかつてこれほど画一的だったわけではなく、産業的な狙いをきっかけに、自然にとって理想的でない形で介入し、時の経過とともにそのように変化してしまったことはとても悲しいことです。まだ限られた地域での取組みにすぎませんが、かつての自然を取り戻すという前向きな例を見るのは大変刺激的であり、これが京都の郊外やさらに全国各地で同様の取り組みがさらに増えることを願っています。

 

ひとつ課題をあげるとすれば、そうした山々の土地の多くは個人によって所有されており、森林を安全に伐採し再林するために多額の資金を投じるメリットがほとんどないと所有者は考えるでしょう。そうした所有者にもそれぞれの事情があり、自然保護が喫緊の課題といっても、なかなか賛同を得られないと思います。ただ、この保護活動が進んだ暁には、街の空気や景色に影響を与えるだけでなく、京都周辺のハイキングトレイルの多くはこうした個人所有の土地も含んでいるため、それらを整備することは市民や日本各地からやってくる熱心なハイカーにとっては本当に有益なことです。そして、もちろん生息する野生動物のすみかが守られ、多くの命が育まれる風光明媚な自然をこれだけ近くに感じながら生活できる日本でも有数の街になるでしょう。

 

取り組みを通して変化を起こすには、まずどこかから資金を調達する必要があるのですが、行政ばかりではなく取り組みに関心をもつ個人や市内の団体・企業等にも頼ることになります。私たちの京都への還元を目的にしたご地愛シリーズの「陽が知る」から得た利益の残りをどうするかと考えたとき、このプロジェクトのことが頭をよぎり、寄付することを決めました。より多くの生命が生まれ、生息し、多様性が感じられる森が蘇り、二酸化炭素を吸収する植物が植えられ、一歩森に踏み込んだ時に多くの恩恵を感じられる日を楽しみにしてます。そして、それによって山がより身近に感じられ、さらに楽しめるようになると考えています。

 

 

庭師の太田さんも参加する森林再生プロジェクトについて詳しく知りたい方は、「京都伝統文化の森」ウェブサイト( https://kyoto-dentoubunkanomori.jp/ )をご覧ください。

京都周辺の山々のトレイルに興味がある方のために、以下のリソースをいくつか紹介します。

京都トレイルWebサイト: https://kyoto-trail.net/trail_course.html

京都市公式観光ガイド: https://ja.kyoto.travel/tourism/article/trail/